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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1580号 判決 1964年6月03日

理由

一、(省略)

二、第一審被告小笠町が振出日、昭和三六年一月三一日、金額四七五万八、〇〇〇円、支払人株式会社静岡銀行平田支店、支払人の名称に附記したる地静岡県小笠郡小笠町下平川、振出地同県同郡同町赤土一、五〇三番地持参人払の小切手を振出し、第一審原告が本件小切手の所持人であること、本件小切手がその呈示期間内に支払のため呈示されたが支払拒絶となり、本件小切手に支払拒絶の宣言が記載されたことは当事者間に争がない。

三、参加人が本件小切手を取得したか否かについて判断する。

(証拠)を総合すると次の事実が認められる。

第一審被告は東海興業株式会社静岡出張所長石川清四郎(以下東海興業という)に小笠町小笠簡易水道工事を請負わせ、東海興業において昭和三六年一月一五日頃右工事を完了した。参加人は、東海興業が右工事を執行する際、セメントその他の資材を売渡したが、東海興業の右代金の支払は滞り勝ちで昭和三五年八月頃の代金債務総額は約九〇〇万円以上に及んだ。そこで参加人は、東海興業と折衝の結果、同月五日頃、東海興業が第一審被告より受領すべき右水道工事請負代金の残金約五〇〇万円につき、その債権の譲渡を受け、東海興業から請負代金受領の委任状および誓約書(丙第二号証の一、二)の交付を受けたが、その後右債権の譲渡を明確にするため、昭和三五年一二月一〇日その旨の証書(丙第三号証の一、)を作成、同月一九日附書留内容証明郵便をもつて東海興業より第一審被告に対しその旨の通知(丙第三号証の二)を発し、右通知は翌二〇日第一審被告に到達した。

第一審被告小笠町支払担当者収入役橋本喜作は昭和三五年八月五日頃参加人から右債権譲渡の旨を告げられたけれども、簡易水道工事については国又は静岡県から補助金を受ける関係もあり、かつ、町の規則によつて、町に対する債権の譲渡は認めない旨定められていたので、参加人を右請負工事代金の債権者と認めて支払うことはできないが、参加人に対し、右請負代金の残額受領の際、参加人および東海興業の両者が第一審被告町役場に同行出頭し東海興業より、その名義の領収書を第一審被告に差入れた場合に限つて、右残金を参加人に直接支払うべき旨を申出で、その旨の誓約書(丙第二号証の三)を参加人に差入れた。その後東海興業から前記債権譲渡の通知がなされたが、第一審被告は東海興業に対しては前記の理由により債権譲渡の認めることはできない旨通知し、参加人からの代金支払の請求に対しては前記の誓約書のとおりならば直接支払う旨告げた。

参加人はやむなくこれを了承し、その代理人中山光明をして東海興業の代理人である石川明と同道の上、昭和三六年一月二八日第一審被告町役場に出頭させた。同役場において精算の結果、請負代金の残額は金四七五万八、〇〇〇円と確定したので、参加人が右約旨により第一審被告から受領し得る金額は金四七五万八、〇〇〇円となつた。

しかし、右石川明は、右中山光明と同道して第一審被告町役場に出頭する際、中山光明に対し、東海興業の体面もあるから、町役場から出たらすぐ返すから、第一審被告の交付する小切手は代つて受領させてくれと依頼したので右中山光明はこれを承諾していた。

第一審被告町役場において、同日午後一時頃、右約旨に従つて、右石川明において東海興業名義の領収書と委任状を提出し、右橋本喜作はこれらの書類を受領の上本件小切手をならんで席つていた石川明と中山光明との中間に差出した。そこで石川明は、中山光明との右約束に従つて、参加人に代つて受領し、中山光明とともに第一審被告町役場を立ち出でた。右橋本喜作は前記約束では真接参加人に支払うことになつていたので右中山光明が本件小切手を受領するものと予期していたので、中山光明を呼び止めてその事情を聴取しているうち、先に立ち出た石川明は本件小切手は右約束によつて参加人に代つて受領したもので、町役場から出たらすぐ中山光明に交付すべきであつたが、本件小切手金は東海興業が、第一審被告から受領しうる請負残代金の全部であつて、本件小切手を参加人に交付してしまうと、他の債権者えの支払は全くできなくなつて、東海興業の事業の継続は不可能の状態に陥ることを考えて、本件小切手を中山光明に交付しないで行方を晦した。

以上の事実の認定することができる。右認定に反する原審における証人石川明同橋本喜作の証言部分は措信できないし、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によると、石川明は中山光明となした前記約定の下に、参加人の為にする意思をもつて、参加人に代つて、本件小切手を受領したものであるから参加人は一旦本件切手を取得したというべきである。

四、そこで参加人は第一審原告は悪意又は重大なる過失により本件小切手を取得したものであるから、第一審原告は本件小切手を取得しえないもので依然として本件小切手の正当な所持人は参加人であると主張する。

しかしながら成立に争のない丙第八号証の一、原審における証人小原作次郎、原審ならびに当審における証人石川明、同井口幸男、同平野直治、当審における証人岡田光好の各証言、原審ならびに当審における第一審原告代表者尋問の結果を総合すると、東海興業の社員である石川明は昭和三六年一月二八日午後、従前からの取引先であり、東海興業の第一審被告小笠町から請負つた水道工事についても資材を販売した浜松市の井口幸男方に本件小切手を持参し、これを現金化し、同人の約一〇〇万円の債権の弁済に当て、残金で他の債権者である小原商店(焼津市所在、その債権額は金二〇〇万円余)および山下商行(静岡市所在、その債権額は金一〇〇万円余)らに対する支払方を依頼して本件小切手を交付した。右井口は同日(土曜日)午後三時過頃静岡銀行山下支店で現金化しようとしたが、営業時間過ぎの理由で拒絶された。そこで井口は翌二九日その取引先である第一審原告(井口は第一審原告の代理店として取引上金融上第一審原告から庇護を受けており、相当額の債務をも負つている)の社長千賀晃を愛知県高浜町の自宅に訪ねて第一審被告小笠町振出の本件小切手の現金化を依頼した。右千賀は東海興業に右井口を通じて右水道工事の資材を販売しており、しかも地方公共団体振出の小切手であつたので、これを信頼して井口の依頼に応じて翌三〇日午前八時半頃、同金額、支払人株式会社東海銀行高浜支店、持参人払の小切手と引換えに本件小切手の交付を受けて取得した。右井口は第一審原告振出の小切手を現金化し、その一部を自己の債権の支払に充当し、かつ石川明から依頼されたとおり小原商店、山下商行らえの支払をした。又右千賀は同日本件小切手を右東海銀行高浜支店に取立委任をしたが結局支払を拒絶されたことが認められる。成立に争のない丙第七号証の右千賀晃が石川明に直接あつて、同人から本件小切手の交付を受け、第一審原告の所持する東海興業振出の約束手形金を控除して、残額を現金で交付した旨の記載は成立に争のない丙第八号証の一、前掲の各証拠および当審における証人富沢一信の証言に対比すると信用することはできないし、ほかに右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(証拠)を総合すると東海銀行高浜支店は昭和三六年一月三〇日(月曜日)に第一審原告から本件小切手の取立を委任されたので、同日、同支店の支店長代理松井正己は第一審被告小笠町に電話で本件切小手について問合せをしたところ、小笠町役場に居合せた参加人代表者肥田茂蔵が本件小切手は参加人において受取るべきもので、問題のある小切手であるから支払をしないように告げたこと、翌日参加人の社員成島治男らが東海銀行高浜支店および一審原告の高浜出張所に赴いて小切手授受の経緯を糺し、さらに桜井浩一が第一審原告の東京本社えも同様の事実を告げていることが認められ右認定に反する前記松井正己の証言の一部は措信できない。そして第一審原告に対し東海銀行高浜支店からも本件小切手について支払差止めの電話のあつたことが知らされたとしても、これらの事実は第一審原告において本件小切手を取得した後のことであるからこれをもつて第一審原告に本件小切手の取得について悪意又は重大な過失がありとすることはできない(本件小切手が先日付小切手であることによつても異ならない)。

(証拠)を総合すると、昭和三六年一月二八日午後、石川明が本件小手を所持したまま、行方を晦ましたので、中山光明、橋本喜作は、ただちに本件小切手の支払人静岡銀行平田支店に電話し、さらに同支店に赴いて、支店長内山久雄に事情を告げ、本件小切手の支払いをしないように依頼した。そこで同支店は同日本件小切手について静岡銀行焼津支店、同山下支店より問合せがあつたのに対し本件小切手は問題のある小切手であることを告げた。参加人および第一審被告小笠町は静岡銀行に対し本件小切手の支払停止方を依頼し、参加人は翌二九日静岡新聞に本件小切手の盗難公告をもした。一方参加人はただちに社員中山光明、桜井浩一らをして石川明の行方を尋ねさせ、桜井らは同二九日浜松市に井口幸男を訪れて、石川明の行方を訊いたが井口か、ら石川の所在は知らないとのことなのでむなしく静岡市に帰つたことが認められるけれども、これらの事実のみによつてその社長が愛知県高浜町においてした第一審原告の本件小切の手取得に悪意又は重大な過失があつたものとすることはできない。

以上いずれの理由によるも、第一審原告の本件小切手の取得に悪意又は重大なる過失があるものとすることはできない。そうすると第一審原告は本件小切手を適法に取得した正当な所持人であつて、参加人は第一審原告の右取得によつて、本件小切手上の権利を喪失したものといわなければならない。

五、なお参加人は第一審原告は正常な取引によつて、本件小切手を取得したものとして保護に値しないと主張するけれども、第一審原告は前記認定の事実関係の下に本件小切手を取得したものであつてこれを保護に値しないとなすことのできないことは明らかである。

そうすると、参加人の本訴請求はすべて、じ余の判断をなすまでもなく失当であつて棄却を免れない。

六、第一審被告は本件小切手金請求権の権利者が何人であるか確認し難いため、弁済供託をなしたので債務を免れたと主張する。

(証拠)によれば、第一審被告小笠町が、昭和三六年五月二三日、静岡地方法務局掛川支局に対し、第一審被告小笠町に対し参加人および第一審原告の両者から本件小切手金の請求があり、現在右両者との間に本件訴訟が係属中であつて、権利者が何人であるか確認し難いとの理由により、小切手金四七五万八、〇〇〇円と昭和三六年一月三一日より、供託の日である同年五月二三日まで年六分の割合による利息金八万、七一三円合計四八四万六、七一三円を供託し、昭和三六年五月二六日送達の書面で第一審原告に対し、右供託の通知をなしたこと認められる(この事実をくつがえす証拠はない)。そして、本件小切手金請求権の帰属に関して、第一審原告と参加人との間に訴をもつて争われておることは明らかであつて、しかも第一審被告は前記事実関係の下に本件小切手を振出したところ、本件小切手が第一審被告の予期に反して石川明は中山光明に本件小切手を引渡すことなくして、行方を晦ましたので、第一審被告は参加人に協力して支払人に交渉し、参加人はただちに静岡新聞紙上に盗難公告などなしているのに第一審原告から本件小切手の支払のための呈示を受けるに至つたものであるが、第一審被告としては第一審原告の本件小切手取得の経緯については詳かに知り得なかつたのもやむを得ないとせねばならないから、債権者を確知し得ないことは過失がないといわなければならない。

そうすると、第一審被告のなした右弁済供託は有効であつて、これによつて、第一審被告は本件小切手金支払債務を免れたものといわなければならない。従つて、第一審原告の第一審被告に対する本件小切手金の請求は失当であつて棄却を免れない。

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